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東日本最大級!

こんにちは!古墳&エビ好きの今井です。

今回は太田市の古墳「太田天神山古墳」をご紹介します。


実は、太田天神山古墳、東日本最大級の大きさを誇る古墳なんです。全国でみても30以内(近畿地方を除くと3位)と大型の前方後円墳なんです。全国1位は大阪府にある大仙陵古墳(仁徳天皇陵)、墳丘長486m。東京ドームおよそ10個分もあります。

太田天神山古墳は墳丘長210m、群馬県庁の高さが153.8mですので、群馬県庁がすっぽりと入ってしまいます。天神山は後円部の頂に古くは、天神様を祀る天満宮の社があったことから「天神山」と名付けられたそうです。











5世紀前半に作られた太田天神山古墳ですが、どのような人が埋葬されていたのでしょうか?あれだけの大きい古墳ですから、有力な豪族の方が埋葬されていたのかなと思って調べてみましたら、「毛野(けぬ)の王」と呼ばれる群馬県地域全体に影響を及ぼす方が埋葬されていたようです。毛野とは、古墳時代に群馬県と栃木県南部を合わせた地域を指します。その地域を治めていた有力者なのでしょう。

王は古墳の中心部の直下に埋葬されていたらしく、そこで見つかった石棺(石造りの棺おけ)は長さが3m近くある長持形石棺であったようです。長持とは、むかしの衣類や調度品を収納していた長方形の木箱のことで、その長持の形に似ているので長持形石棺と名付けられたとのことです。この長持形石棺は5世紀の近畿の最有力前方後円墳に限って採用された石棺形式で「王様の石棺」と呼ばれています。近畿以外でも各地の同時期の有力前方後円墳から見つかっておりますが、その数は非常に少なく、群馬県内では、太田天神山古墳とお富士山古墳の2古墳だけとのことです。おそらく近畿のヤマト政権の下にいた石棺工人を同盟の証として「毛野の王」のもとに派遣したと考えられております。

石棺の他に円筒埴輪や家、盾、鳥や水鳥(白鳥)の形象埴輪も発見されております。水鳥形埴輪は、奈良・大阪の4世紀末から5世紀前半にかけての最大級の前方後円墳から出土したものに良く似ており、畿内の大王墓をはじめとする最有力古墳に限られているようです。こちらも畿内から埴輪工人がやってきている可能性が高いと考えられます。


古墳カードは新田荘歴史資料館でゲットできます。











住所:太田市世良田町3113-9

開館時間:午前9時30分~午後5時まで(入館は午後4時30分まで)

休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)、年末・年始(12月29日~1月3日)

次回のブログにて紹介予定の女体山古墳のカードもこちらでゲットできます!お楽しみに!


太田天神山古墳

住所:太田市内ケ島町1606-1

昭和16年1月27日国指定史跡


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